CIRAS JOURNAL

金融大手のAI戦略が中小企業に示す3つのヒント

AI活用執筆:杉本竜弥

ブラジルの大手銀行Itaúが全顧客・全従業員向けに生成AIを展開。その「AI First」戦略の構造は、規模を問わず中小企業の経営者が参考にできる考え方を含んでいます。

大企業のAI事例を「自分ごと」として読む方法

「大手企業のAI導入事例」と聞くと、「うちには関係ない話だ」と感じる方も多いかもしれません。ただ、事例の規模よりも「どういう考え方で設計しているか」に注目すると、中小企業の経営にも応用できるヒントが見えてきます。

今回取り上げるのは、ブラジルの大手銀行Itaú(イタウ)が発表したAI活用の取り組みです。同社はOpenAIと連携し、全顧客・全従業員を対象にした生成AIの展開を進めています。金融という厳格な規制業種で、これだけの規模のAI導入を実現した背景には、中小企業の経営者にも参考になる「構造的な考え方」があります。

Itaúが取り組んでいること

顧客向けの会話型インターフェース「ia.i」

Itaúが構築したのは、「ia.i(イア・アイ)」と呼ばれる会話型のAIインターフェースです。これは顧客が銀行とやり取りする際に使うもので、テキストで問いかけると適切な情報や手続きの案内が返ってくる仕組みです。

特徴的なのは、「全顧客を対象にしている」という点です。特定の富裕層向けサービスや、一部のデジタルネイティブ向けではなく、銀行のすべての利用者に生成AIを届けることを目指しています。

社内向けのガバナンスプラットフォーム「IARA」

顧客向けと並行して、従業員向けにも「IARA(イアラ)」というAIガバナンスプラットフォームを構築しています。これは社員がAIを使う際のルール・管理・品質の基準を整える仕組みです。

「ガバナンス」という言葉はやや硬い響きですが、要するに「誰が、何のためにAIを使うか」「使い方がバラバラにならないようにどう管理するか」を決める枠組みです。AIを組織に導入するとき、このガバナンスの設計が後からの混乱を防ぎます。

「AI First」という経営方針

Itaúはこの取り組みを「AI First戦略」と表現しています。これは「まずAIを使うことを検討する」という考え方を、会社全体の方針として位置づけているということです。個別の業務にAIツールを当てはめるのではなく、経営の軸としてAI活用を据えているのが特徴です。

この事例が示す3つの構造的なポイント

大企業の事例ですが、Itaúのアプローチには「規模に関わらず参考になる考え方」が含まれています。

ポイント1:「顧客接点」と「社内業務」を同時に設計している

Itaúは顧客向けのia.iと、社内向けのIARAを並行して構築しています。どちらか一方だけではなく、顧客への価値提供と社内の業務効率化を同時に進めているわけです。

中小企業でも、この発想は応用できます。たとえば、ホームページのチャットボットで顧客の問い合わせを自動化しながら、社内では議事録の自動要約やメール文章の下書き生成を使い始める、という進め方です。どちらか片方に偏るより、両面から始めると組織全体でのAI活用の感覚が育ちやすいと考えられます。

ポイント2:規制が厳しい業種ほど「ガバナンス設計」が先にある

ブラジルの金融業界は規制が厳しい業種です。Itaúがガバナンスプラットフォームを顧客向けサービスと並行して構築しているのは、「便利だから使う」だけでなく、「どう使うかのルールを最初から決める」という姿勢を示しています。

これは中小企業にとっても他人事ではありません。たとえば、顧客情報を含むデータをAIに入力する際のルール、AIが出した内容をそのまま使うのか確認してから使うのかの基準、これらを曖昧なまま「便利そうだから使う」と進めると、後から問題が起きたときに対処が難しくなります。

愛媛・松山の現場でも、「とりあえずChatGPTを使い始めた」という声をよく聞きます。スタートとしては良いことですが、会社として「何を入力してはいけないか」「AIの出力をどう扱うか」の最低限のルールは早めに決めておくと安心です。大がかりな文書を作る必要はなく、A4一枚のメモレベルでも十分です。

ポイント3:「AI First」は思想であり、規模の話ではない

「AI First」と聞くと大企業の話に聞こえますが、本質は「新しい業務や課題に直面したとき、AIで解決できないか最初に考える習慣」です。これは10人の会社でも取り入れられる考え方です。

たとえば、新しいチラシのコピーを考えるとき、まずAIに下書きを書かせてみる。新しいサービスの説明文をホームページに載せるとき、まずAIに複数のパターンを出させてみる。こういった「まずAIに聞いてみる」という習慣を、会社全体で共有することが「AI First」の小さな実践です。

中小企業の経営に引き寄せて考える

「全員に届ける」という発想

Itaúが全顧客・全従業員を対象にしているのは、AIの恩恵を一部の人だけに限定しないという考え方です。中小企業に置き換えると、「デジタルが得意な担当者だけがAIを使う」という状態を超えて、社長も、事務担当者も、営業も、それぞれの仕事でAIを使える環境を作ることに対応します。

一人ひとりがAIを使いこなすためには、ツールを導入するだけでなく、「こういう場面で使えますよ」という具体的な使い方の共有が必要です。ツールの契約と使い方の共有をセットで考えることが大切です。

顧客への接点設計という観点

ia.iは顧客が銀行とやり取りする窓口をAIで強化したものです。中小企業でも、ホームページの問い合わせフォームやチャット機能にAIを組み込むことで、営業時間外の問い合わせに自動で応答したり、よくある質問への回答を自動化したりすることが技術的には可能になっています。

これは特に、人手が限られている地方の中小企業にとって現実的な選択肢になりつつあります。松山でも、夜間や週末の問い合わせへの対応が課題になっている企業は少なくないと感じます。すべてを自動化する必要はなく、「よくある内容の8割はAIが答え、複雑な案件だけ人が対応する」という設計でも、業務の負荷はかなり変わります。

Web上での「見つかる」設計も変わってきている

Itaúのような大手がAIを活用した顧客接点を強化すると、消費者がサービスを調べる際にもAIを通じて情報を得る場面が増えてきます。これはBtoCの金融サービスだけの話でなく、地域の消費者がAIに「松山でおすすめの工務店は?」「愛媛で評判の税理士は?」などと聞く場面も増えてくると考えられます。

AI検索エンジンや会話型AIに自社の情報が適切に拾われるためには、ホームページの内容が「AIが理解しやすい構造」になっていることが重要です。これはAEO(AI検索最適化)と呼ばれる考え方で、従来のSEO(検索エンジン最適化)の延長線上にある取り組みです。今すぐ大規模な改修が必要というわけではありませんが、ページごとに「何の情報が書かれているか」が明確な構造にしておくことは、中長期的に意味を持ってくると考えられます。

小さく始めるための現実的なステップ

Itaúの事例は大規模ですが、考え方を借りて小さく始めることはできます。以下は参考までの進め方のイメージです。

Step 1:社内ルールをA4一枚で作る 「AIに入力してはいけない情報(顧客の個人情報など)」「AIの出力をそのまま使わず確認してから使う」といった基本的なルールを言語化しておく。

Step 2:使える業務を一つ決めて試す メールの文章の下書き、議事録の要約、社内向けFAQの整理など、リスクが低く効果が見えやすい業務から始める。

Step 3:使った感想を社内で共有する 「こんな使い方ができた」「これはうまくいかなかった」を共有する小さな場を作ることで、特定の担当者だけのスキルにならず組織全体の知見になる。

Step 4:顧客接点への応用を検討する ある程度社内で使い慣れてきたら、ホームページのチャット機能や問い合わせ対応への応用を考える。

まとめ:大企業の戦略から「考え方」だけを借りる

ItaúのAI First戦略は、全顧客・全従業員を対象に生成AIを展開するという大規模な取り組みです。この事例から中小企業が学べるのは、規模の大きさではなく「顧客接点と社内業務を両面で考える」「ガバナンス(使い方のルール)を最初から設計する」「AIを組織全体で使う習慣として根付かせる」という考え方の構造です。

いきなり全社展開を目指す必要はありません。一つの業務でAIを使ってみて、ルールを決めて、使い方を共有する。この小さなサイクルを回し続けることが、結果的に「自社に合ったAI活用」につながります。

ブラジルの大手銀行の事例も、最初は誰かが「まず試してみよう」と動いたところから始まったはずです。

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